愛知県 豊橋市
お子様の健やかな成長と学業上達を願って『吉田赤天神 土人形』
- 寄付金額
- 11,000円
| 事業者名 | 合同会社ずっとこの街 |
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| カテゴリ | 民芸品・工芸品 人形 |
| 配送種別 | 常温配送 |
| 申込み条件 | 年何度でも申込み可 |
| 申込期日 | 通年 |
| 発送期日 | ご入金確認から2週間~1ヵ月程度 |
| 内容量 | 吉田赤天神 土人形 一体
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『赤天神』とは、吉田天満宮のご祭神である天神様(菅原道真公)のことです。
~~赤天神のあらまし~~
明治11年まで豊橋市花園町の一部は垉六町と呼ばれ、土器や陶器の生産、販売が盛んな地域で、その一環で子供の玩具なども作られていました。
文化文肢の頃、京より地方歌舞伎役者であった杉浦幸次郎が来て、豊橋札木(ふだぎ)町で赤色の天神、鳩笛等の土人形を制作し、売り出したのが始まりです。
明治32(1899)年、その弟子の吉田孫吉が曲尺手(かねんて)町で独立し、赤天神を含む、吉田土人形を制作し世に広めました。
昭和2(1927)年、吉田孫吉の弟子、西村茂治が東田(あずまだ)町にて独立し、赤天神などの制作活動を行い、「新吉田土人形」という誉名で大成いたしました。
東三河地方では、三月三日の桃の節句に天神人形を飾る風習が生まれました。
男子は天神様のみ、女子はひな壇の一偶に飾り、天神様(菅原道実公)にあやかって文筆に秀でるよう切望し、天神様の御神徳のもと、子供の学業上達、無病息災を願いました。やがて進学や資格、就職試験の際、赤天神を机上に安置すれば入学疑いなしと云われていました。
一体一体、型起し、素焼き、絵付けまで、すべて当時の技法を踏襲して手作りで作成していますので、天神様のお顔もひとつひとつ異なる趣です。
提供/合同会社ずっとこの街